ティワポーン・ウタラック先生は現在、カラシン県クチナーライ郡にある「ラオヤイ・ワナソーン・パドゥンウェート校」で公務員教師として勤務しています。しかしその道のりは、決して平坦なものではありませんでした。
2004年当時、ティワポーン先生は祖父母、弟、いとこの息子と5人で暮らしていました。祖父が農業で家計を支えていましたが、祖母はバイク事故による股関節脱臼で身体が不自由な状態でした。追い打ちをかけるように、父を2003年の交通事故で亡くした後、母は家族を養うためバンコクへ出稼ぎに出ました。幼い少女だったティワポーン先生は、家事全般をこなしながら祖母を介護し、まだ3歳だった弟と1歳の親戚の子の面倒も見ていました。家計を少しでも助けようと、村で野菜を採ったり、カニや貝を捕って売ることもありました。
そのような生活の中でも、学校だけは別世界でした。特に数学への情熱は強く、問題を解いて答えを導き出す瞬間に大きな喜びを感じていました。学校代表として数学コンテストに参加する機会にも恵まれ、先生方の温かい指導のもとで充実した学校生活を送りました。
転機が訪れたのは2006年、中学3年生の卒業を前にしたころです。同じ支援者様から高校進学後も継続して奨学金をいただけると知った時の喜びは、今でも忘れられません。いただいた奨学金は、自分の学用品だけでなく弟や親戚の子どもたちの文房具にも充て、将来の進学に備えて一部を貯金しました。支援者様からは定期的にお手紙が届き、季節ごとのカードや旅先の写真も同封されていました。「勉強を頑張ってくださいね」という言葉の一つひとつが原動力となり、「いつか直接お会いして感謝を伝えたい」という夢が芽生えていきました。
高校では文系フランス語コースで学び、卒業時には「成績優秀者枠」に挑戦。わずか30名の合格枠の一人として、教育学部英語学科への進学を果たしました。大学在学中は学生ローンを利用しながら、先生の家での家事手伝いや学内のアルバイトで生活費を工面し、自力で学び続けました。
卒業後は教員採用試験に挑み続け、2020年にサコンナコーン県で英語教師として第一歩を踏み出しました。2024年11月には自宅からわずか5kmほどの現任校へ異動し、今は中学1年生から3年生の英語を担当しています。生徒一人ひとりの学力差など課題もありますが、子どもたちの可能性を引き出せることに大きな誇りと幸せを感じています。
現任校への着任がきっかけで、ティワポーン先生はEDFと再会することになります。勤務先の生徒の中にEDF奨学生がいたことに気づき、かつて自分を支援してくださった方について財団へ問い合わせました。その方が今も継続して支援を続けていると知り、胸が熱くなりました。お手紙を差し上げると「あなたのことを今でも覚えています」とお返事が届き、これ以上ない喜びを感じたといいます。
振り返ってティワポーン先生は、奨学金の意味についてこう語ります。「奨学金は単なる金銭的支援ではなく、教育という道を歩み続けるための鍵でした。一人の子どもが自己研鑽に励み、安定した未来を築けるかどうか、その運命を左右するものだと確信しています」。農村部では生活費の高騰や自給自足の困難化が進み、子どもたちへの支援の必要性は以前にも増して高まっています。
最後に、支援者の皆様と現役の奨学生たちへ、先生はこう呼びかけます。「皆様が提供してくださった教育の機会は、子どもが良い未来を切り拓き、安定した職業に就き、幸せな家庭を築くための最大の原動力です。奨学生の皆さんには、この機会を与えられたことへの有難さとその機会の価値を決して忘れず、得た知識を自分自身のため、家族のため、そして社会のために役立ててほしい。全力を尽くすならば、明るい未来は必ず手の中に訪れると信じています」。
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